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【沖縄2日目】価値観が変わる糸数アブチラガマの観音様【前編】
の続きです。
糸数アブチラガマでの生存者に愛知県の日比野さんがいました。
日比野さんは、ほぼ奇跡といえる状況で生き残り、他の人も助け終戦後の8/22にアブチラガマをでます。
その後、愛知県に戻り家族を作りますが、なんとその後亡くなるまでの間(亡くなったのは数年前です)110回も糸数アブチラガマに来ては、ここで何があったかを語り継ぎ
そして、「おーい!もう終戦したぞー!」と御霊たちに声をかけたのだそうです。
亡くなっても尚、成仏できずに「ここに隠れていなければ」と残っていた御霊たちにとって、実際にいた日本兵である日比野さんに声をかけてもえることがいかに天国への扉であったのだろうと考えると、このアブチラガマの重たさが少ないのにも納得です。
アブチラガマの出口を出た先に慰霊碑があります。
そして、その横にはなんと、日比野さんが愛知県から持って来た観音様が置かれていました。
もしかしたら、たくさんの人が手を合わせたことで、中に観音様が浮き上がったのかもしれませんね。
そして、各地からきた高校生たち(修学旅行で来ています)の千羽鶴がたくさん吊るされています。
特に愛知県の高校が多いのは、日比野さんの娘さんたちの活動と関係があるようです。
戦争を経験した人は、終戦してもなお
人を殺してしまった人差し指の感触は忘れられず、目をつぶれば思い出す戦場。
どんなに世間が終戦して平和になったと言っても、彼らの中では終わらないのだそうです。
それを聞いて、どれだけ戦争という爪痕が残酷なものなのかと感じました。
肌で感じる(といっても話を聞いて想像するだけですが)アブチラガマに来て
私とやっちゃんは、「なによりも、今回ここに来てよかった」と心から思いました。
私達の今の世の中の生活が、どれだけ幸せで自由で満たされていて
そして、いかに些細な事でクヨクヨしたり、立ち止まったりしているのかと
痛感せざるをえないからです。
いまある、感謝に向かわせてくれる場所。
そして、それを知って欲しくて活動されていた日比野さんやガイドさん。
ただ、ここに来て悲しんでほしいのではない。ということです。
生きていくのに、何が大切なのか。
何が平和なのかを知ってほしい。
それがダイレクトに伝わる場所だということです。
そして、日比野さんが生き残ったいきさつを聞くと、人は生きたくて生きることと、なんらかのはからいで生かされているのではないか という思いがします。
それは、戦争や悲惨な状況の中で起こることではなく、私達一人一人が毎瞬毎瞬起こっていることなのです。
ここに来た高校生達が、平和な世の中がいい!と思うだけでそのように現実は作られていきます。
真っ暗なので、怖いと思うかもしれないけれど友達たくさんと入れるし、いい経験だよな〜と思います。
その後は、南城市の見晴らしのいい温泉があるホテルに移動!
温泉に入って、南城市や夜景を見ながら
本当に来てよかったなぁと、またもやウルウルしながらハードな1日の疲れを取りました。
美味しい沖縄料理を食べて、ご飯が食べれるなんてありがたい!!っと、本当に一つ一つに感謝が湧いて来ます。。
糸数アブチラガマに行って、んーこれは平和記念公園に行ってもいいね〜と行き先決定。
やっぱり、仕事なのねぇ。。。と眠れぬ夜を経て
3日目に続く
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